行ってはいけない同志社大学メディア学科 その5

◎休講“常習犯”佐伯順子教授が詐病使い東京で講演
 仮病で17日間ずる休みでも処分なし

*休講掲示板は米国の大学にはない

私の慶應義塾の英字新聞会の先輩、霍見芳浩・米ニューヨーク一市立大学名誉教授は「日本の大学にあって米国にないもの」の代表的なものは、「休講掲示板」だと言っています。海外のまともな大学では、一時間の休講も許されません。日本の大学では、学生たちが休講を喜んでいます。進学塾では休講が続いたら大変なことになるのに、大学では平気で休講にしてしまうのはなぜかといつも考えます。

私の同志社大学の大学院と学部の科目のほとんどが2018年度も休講になっています。5年連続の休講です。私の「後任補充人事」の公募で採用された伊藤高史教授(元創価大学、元日本新聞協会職員)が私の科目を一つも担当していないのです。

渡辺武達被告と小黒純被告は2017年1月12日、京都地裁の同僚5人怪文書裁判で証人尋問を受けました。小黒氏は、私の担当科目が休講になっていることについて私の代理人から聞かれ次のように答えました。

「大学の教員が翌年いなくなるっていうことは起こり得るわけですので、それは組織として対応するわけですから、組織として対応すると、そういうことです」「開講する必要がないと大学が判断したということもあるのでは」「休講になること、例えば、ありますよね、休講になること、例えば、研究員で出るということとかあるわけですけど、もちろん全部セットでフルに開講した方が望ましいんですけれども、できないこともありますよね」

米国の大学では、病気をしても、自分の担当する授業の代行の教員を自分で探さなければなりません。教員の間で貸し借りをするそうです。

*授業の3分の1は休講の佐伯順子教授

小黒氏を同大メディア学科に引っ張ったのが、2002年に同大へ赴任して以降、病気を理由に授業の三分の一から半分を休講にしている佐伯順子教授らです。

佐伯氏を偽装公募で同大に呼んだのは渡辺氏です。山口功二教授(2012年名誉教授)は、2001年秋の公募の選考開廷の面接後に開かれた専攻会議で、「ブタツちゃん(山口氏は渡辺氏をこう呼んでいた)が惚れ込んで、『すごい美人だ』というので、ボクは面接をすごく楽しみにしていたけど、普通のおばさんやないか」と言っていたのを覚えています。ひどいことを言うものだと呆れました。

2001年11月の文学部教授会(当時、新聞学専攻は文学部社会学科にあった)で佐伯氏の採用人件が審議された際、「前の大学でどういう科目を教えていたのか」という質問が国文学教授からあり、山口教授が答えられず、採用決定が2週間延期されたことがありました。佐伯氏の前任校は手塚山学院大学で、「日本文学」の担当でした。質問した教授は「新聞学を教えることができるのか」と聞いたわけです。佐伯氏がメディア学科の教授にふさわしいか、私は今でも疑問です。

佐伯教授は学習院大学文学部を出て、東京大学大学院総合文化研究科博士学位を取得、遊女を研究し、サントリー学芸賞を授賞。同大では「ジェンダーとメディア」などを教えています。

野田正彰・前関西学院大学教授は「日本国際文化研究センターで共同研究をしたが、遊女への見方はあまりに軽薄で愕然とした」と話しています。故・鈴木みどり立命館大学教授(メディアリテラシー論)は「京都における舞妓や芸子の“文化”を高く評価し、買売春文化を肯定し美化する研究者に、ジェンダー論を語る資格がない」と厳しく批判していました。

*連続17日間のずる休み中に東京で講演

佐伯氏の「病気による休講」で最もひどかったのが、2012年12月15日午後、東京の大和ハウスでの講演事件です。「17日間ずる休み」の最中の講演で、当時大学院博士後期課程1年生だった矢内真理子氏(現在、同大助教)の告発で明らかになりました。佐伯氏は12年度、大学院メディア学専攻の教務主任(学長任命、手当月3万円)でした。

以下、矢内氏ら学生からの情報をもとに書きます。

佐伯氏は12年12月8日(木)午前10時半から行われた専攻会議の開始後約10分後に「気分が悪くなった」と表明して会議を中断し、散会させました。

同日午前10時45分からの大学院の講義の冒頭で、「体調が悪い」と病気を理由に休講を通告して大学を去ったようです。「元気そうに見えたけど・・・」と院生たちは言っていました。その日は、学部の3・4年生のゼミも含め4コマあったがすべて休講になりました。

その後、院生たちに、「病気は快復せず通院している。21日には大学に戻れる」などと病欠中だという連絡があったそうです。この期間中、専攻会議の日程をめぐる連絡で、竹内長武教授も「お大事に」というメールを数回送っています。

ところが、深刻な病気であるはずの佐伯教授は12月15日(木)午後1時半から大和ハウス工業・東京ビル2Fホール201(東京都千代田区飯田橋3-13)で、平成23年度住宅生産振興財団・「まちなみ塾」公開講座で「まちなみを表現する -文学,ランドスケープの視点から」と題する講演を行ったのです。「先着150人」、参加無料の講演会でした。

佐伯教授は、木曜日は4コマの授業を担当していました。2週連続の休講でした。15日(木)2・3限の大学院の授業は、インターネット上で前日の段階で休講の掲示が出ていました。理由は「出張」と書かれていました。

13日(火)の1・2年ゼミは、1週間前に「母親の具合が悪いので来週は休みます」と学生たちに言っていたということです。親の病気を理由に大学を休んでいいのでしょうか。特別な場合はもちろん許されますが、1週間後の健康状態が分かるのでしょうか。

矢内氏らからの通報を受けて、私が研究室から電話で主催者の住宅生産振興財団に当日2回(午後1時ごろと5時ごろ)問い合わせたところ、講演会は「順調に行われた」とのことでした。次回の講演会までに佐伯教授の講演録も出るということでした。「大和ハウスなどの主催だから講演料は高いだろうね」と学生たちは話していました。

*学外の講演資料を大学で印刷

 佐伯教授は12月10日、渓水館305にある共同作業室(コピー室)で、15日に行われる「平成23年度住宅生産振興財団 「まちなみ塾」公開講座のパワーポイントの印刷をしようとしていました。印刷に失敗してそのままデータを残していました。TAの院生、矢内氏がパソコンを使って印刷しようとしたところ、佐伯教授のパワーポイントのカラー印刷が出てきたということです。

このイベントのチラシはネットにアップされていました。(今も読めます)
http://www.machinami.or.jp/contents/summary/pdf/juku20111215uketsuke.pdf
[ 平成23年度住宅生産振興財団 「まちなみ塾」公開講座
まちなみを表現する -文学,ランドスケープの視点から
日 時 2011年12月15日(木) 13:30~
会 場 大和ハウス工業 東京ビル2Fホール201(東京都千代田区飯田橋3-13-1)
テーマ
講 師 ▼第1部 13:35~14:55
「文芸と映像に描かれるまちなみ-伝統と近代の融合の可能性をさぐる」
講師 : 佐伯順子

▼第2部 15:10~16:30
「環境の資源から資産へ-デザインの役割を再定義する」
講師 : 宮城俊作
定 員 150名(申込先着順・無料)
申込方法 郵便番号、住所、氏名、年齢、職業(会社名)、電話番号、fax番号、メールアドレスを明記の上、Emailまたはfaxにて下記まで。
申込み
問合せ 住宅生産振興財団
東京都港区虎ノ門3-11-15 SVAX TTビル5F 担当/門馬
Tel:03-5733-6733 Fax:03-5733-6736
Email:juku@machinami.or.jp
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建築コンペ・イベント情報 KENCHIKU
http://www.kenchiku.co.jp/event/detail.php?id=3275 ]

佐伯氏は12月21日零時半から1時半まであった4年生の卒業論文提出、院修士論文1カ月前・予備提出の会場にも姿を現さず、黒板には「佐伯ゼミの卒論は竹内先生が受け取ります」と書いてありました。また同日午後3時からあった大学院入試説明会では、教務主任としてメディア学専攻の説明をすることになっていましたが、予告なしに竹内教授が代役を務めていました。私には何の相談、連絡もありませんでした。12月22日の4コマもすべて休講(「病気」が理由)でした。

佐伯教授は、14日の午前10時20分と16日午後 2時26分に私と竹内教授宛てに以下のメールを送っています。

〔From: Junko Saeki
To: 浅野健一 Kenichi Asano ; takeuti.osamu
Sent: Wednesday, December 14, 2011 10:20 AM
Subject: 専攻会議につきまして

浅野先生
竹内先生

 ご連絡が遅れまして申しわけございません。小黒先生の大学院教員任用に関わる前回の専攻会議では体調が悪くなり失礼をいたしました。その後恢復が遅れ通院しておりますので、ご連絡が遅れました事、お詫び申し上げます。
 来週には大学に戻れると思いますので、遅れて申し訳ございませんが、
21日(水)午後13時40分  専攻会議を開かせていただければと存じます。
議題=小黒純先生の大学院担当教員としての任用について
 場所=渓水館1階 メディア学資料室

 もし上記の日時でご都合がお悪ければ、調整いたします(たとえば同日午前11時)のでよろしくお願い申し上げます。
                                                                               佐伯 順子 〕

〔 From: Junko Saeki
To: 浅野健一 Kenichi Asano ; takeuti.osamu
Sent: Friday, December 16, 2011 2:26 PM
Subject: ご連絡
浅野先生
竹内先生
 体調不良のためご連絡が遅れまして申し訳ございません。皆様方のご意見を参考にさせていただき、小黒純先生の大学院教員任用につい
 ては、学部教員としての任用が確定してから、あらためて検討いたしたく存じます。ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。(21日予定しておりました専攻会議はなしとなります)。
                                                                        佐伯 順子 〕

*「来週も病欠します」は許されるか

「来週には大学に戻れると思いますので、」という表現は、今週は体調不良であることを表していますが、その最中に東京で講演するというのは、以前から決まっていたにしても許されるのでしょうか。また、大勢の聴衆を相手に講演をできるのなら、大学へも出てこなければならないのではないでしょうか。

前々から15日に民間団体の講演があり、京都に行かないと決めていたのではないかと思われます。

佐伯教授は母親と東京で暮らしています。京都のマンションには、授業のある時に泊まっているようです。

佐伯教授は体調不良を理由にした休講が多く、一般入試の監督をすっぽかして、大騒ぎになったこともあります。

佐伯教授は小黒氏の大学院の教授の任用を専攻内の審議をせずに勝手に進め、12月21日に臨時専攻会議を設定していました。

同志社大学の専任教員の勤務について、藤岡英利・人事企画課人事企画係長に聞いたところ、「特に規定はない。病気を理由に休んでいる期間に、東京で講演をしているとなると不適切ということになるが、授業のことは、授業を設置している学部に言ってほしい。学内には担当の部署はない」ということでした。

そこで社会学部・社会学研究科事務室の植村巧事務長へ、佐伯教授の2011年12月8日から22日までの休講理由を調査するよう求めた。事務長は調査すると約束しました。

社会学部・社会学研究科事務室の植村巧事務長から1月6日午後4時過ぎに届いたメールによると、「DUET」(同大のネット上の教務情報)に公開されていた佐伯教授の休講理由は、12月15日(木)は「出張」、12月13日、14日、20日、21日、22日は「病気」となっていました。

ずっと病気なのに、15日だけは健康で「出張」ができたということになります。この「出張」はどこから出発してどこへ帰ったのでしょうか。

佐伯教授が、休講のDUETへの書き込みを行った日も問題になります。

佐伯教授の休講のDUETへの書き込みは、それぞれいつ行われたかをメールで聞きました。事務長から10日午前9時半に、「DUETの休講書き込み日時は、表示されていませんのでわかりません」という返事がきました。

大学のどこかの部署で調査はしないのか、「詐病」の疑いが濃厚だと思いました。

私は以下のように佐伯教授にメールで聞きました。

《12月15日の休講理由が「出張」となっているようですが、大学に「出張」の稟議書などは出ているのでしょうか。授業が4コマもある日に、東京で行う民間団体での講演が「出張」になるとは思えませんが、いかがでしょうか。もし、何らかの出張届けが出ていれば、それを開示してください》

《12月8日から22日は、専攻・学科にとって重要な時期で、私は佐伯教授に、「通院のため」の休講と15日の講演について聞きましたが、返事はありません。また、12月7日の人件での説明の内容に重大な誤謬がある問題については、佐伯教授のほか窓口、人件窓口代行も返事がありません。明日の教授会で、投票前に、小黒氏の人件にかかわる学科内の適正手続き違反と、佐伯教純の第一読解における説明の訂正要求を口頭で行います。その旨、学部長にお伝えください。
私は22年間、社団法人で勤務しましたが、大学(とりわけ同志社)の無責任な体制に驚いています。民間では考えられないことです》。

佐伯教授から返事はありませんでした。

*佐伯氏の詐病は小黒氏の大学院教授任用の審議中だった

佐伯教授は、小黒氏の大学院の教授の任用を専攻内の審議をせずに勝手に進め、12月21日の会議を設定していました。12月8日から22日は、専攻・学科にとって次年度の科目担当者を確定させ、卒論、修論の審査を始める重要な時期で、私は佐伯教授に、「通院のため」の休講と15日の講演について聞きましたが、返事はありませんでした。また、12月7日の人件での説明の内容に重大な誤謬がある問題については、佐伯教授のほか窓口、人件窓口代行も返事がありませんでした。

私は小黒氏の人件にかかわる学科内の適正手続き違反について大学執行部へ通報しましたが、無視されました。

この間の、佐伯氏の詐病による怠業のフォローを必死でしているのが竹内氏なのも不思議です。不断はマイペースでやる気のない竹内氏が佐伯氏のアシストを懸命にやる理由はいまだに分かりません。

*「ならぬものはならぬ」新島八重に学べ

佐伯教授の詐病での休講はあってはならない懈怠であり、懲戒処分の対象だと思います。ところが、当時の尾嶋史章社会学部長、大学執行部は佐伯氏の詐病について調査もしていません。

大和ハウス講演事件から2年後の2013年10月末、私の定年延長拒否・不当解雇に謀議が公然化しました。佐伯氏ら4人が作成した私の定年延長審議資料には、私を“不良教授”と決め付ける記述がA4判・2枚書かれています。佐伯氏は、私が職場にいることのストレスから帯状疱疹、突発性難聴になったとまで言っています。こういう出鱈目なことを文書に書く佐伯教授に、私を批判する資格は全くないと思います。

私は20年間の教授生活で、一度も休講をしたことがありません。休む場合は、ゲストスピーカーを呼ぶなりして、TAにも頼み、必ず授業はしました。遅刻もせず、チャイムが鳴るまで講義をしました。

佐伯氏の詐病があった2011年の翌年、NHKの大河ドラマ「八重の桜」が放送され、佐伯氏は何度かNHKの番組に出演して、新島八重について語っていました。「八重の桜」の最終回は2102年12月15日でした。12月1日放送の「八重の桜」では、新島襄は死の直前、同志社においては、型にはまらない同志を育成せよ、意見の異なることが大事である、いかなる理由でも学生を追放してはならない、と言い残したというシーンがオンエアされました。

12年度の佐伯ゼミは、毎回のゼミで「八重の桜」のビデオを視聴し、みんなで感想を言っておしまいだったそうです。ドラマを批判的に見るなどの視点はゼロだったと聞いています。

私が佐伯氏の懈怠の事実をここに書いたのは、佐伯氏を追放せよと言っているのではありません。誤り、間違いを認めて、再発を防止する約束をしてほしいのです。大学は学生からのクレイムを受け止めて、精緻な調査を行い、必要な措置をとるべきです。新島八重は「ならぬものはならぬ」と言っていました。

佐伯氏らには、新島襄の遺訓が生かされていないと言わざるを得ません。NHKドラマが描いた草創期の同志社と、現在の同志社大学の落差はあまりにも大きいと指摘します。

生徒一人ひとりの人格を尊重し、生徒はかけがえのない「同志」であり、「学生を丁重に対応すること」という新島襄の遺訓が同大メディア学専攻・学科において守られていないのです。

私は同大に来る前、23歳から45歳までの22年間、社団法人共同通信社で勤務しましたが、大学(とりわけ同志社)の無責任な体制に驚いています。民間では考えられないことです。共同通信にもいろんな問題がありましたが、同大教職員の方がマスメディア機関の人たちより劣悪だと言わざるを得ません。小黒、佐伯両氏のような言動があれば、企業メディアでは何らかの処分があります。同志社大学は無法地帯です。(続く)

佐伯教授 同大HP・休講理由 事務長メール 1218704
佐伯順子教授の大和ハウスでの講演 チラシ 151218
佐伯教授の大和ハウス講演のpp 渓水館3階共同作業室で入手 
佐伯教授の大和ハウス講演のppその2 1218